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The Witch of The West is Dead 西の魔女が死んだ
メッセージ
魔女になるために、いちばん大切なのは意志の力です。自分で決める力、自分で決めたことをやりとげる力。
プロデューサーからの言葉
私は三年程前に、この原作を初めて手にしました。
児童書として発刊されて以来、十数年に渡り多くの読者に愛され続けている本であることを知りませんでしたが、読み終わり深い感銘を受けました。五十歳になろうという私と多感な子供達が、この物語から受け取っているものは何か?
年齢、性別に拘らず、人の心の深い処に触れ、人が持っている根源的な力を呼び起こされる『何か』を感じているのだと思いました。
映画の冒頭、学校に行かなくなった孫娘まいに対し、おばあちゃんが「私はいつでもまいのような子が生まれてきてくれたことを感謝していましたから」と語る場面があります。
自分の存在を『無条件に愛してくれる』人がいることは、どんなに幸せであり、救いでしょうか。
そして、『無条件に愛せる』存在があることは、どんなに喜びであり、豊かなことでしょうか。
また、おばあちゃん役のサチ・パーカーさんは「私はおばあちゃん役を演じながら、私もおばあちゃんからたくさんの事を学んでいます。私自身もまいなのです」と撮影中によく言っていました。
人はその年齢や状況によって、本来心の奥底で感じ求めている素直で暖かい『何か』を見失ってしまうことがあるのかもしれません。
この物語は決して子供達だけに向けたものではありません。
それぞれの年代がそれぞれの営みの中で、人と人、人と自然との存在の間でこそ生じている事々から、『生きている喜び』を感じられるための素晴らしい『レッスン』の物語だと思います。
ご覧頂いた方々にとってこの映画が、生きていることの『何か』を見失いそうになった時々にそっと思い出して頂ける『宝物』になり得たら、そして優しい想いを寄せる誰かのためにそっと手渡して頂ける『贈り物』になり得たら、素晴らしいこの原作に出会えて、この映画の製作に係わった全てのスタッフ、キャストにとって至上の喜びです。
プロデューサー 柘植靖司
監督からのメッセージ
この映画でおばあちゃんは「魔女とは何か、どうしたらなれるか」を孫のまいに伝えようとする。
その時言葉は大切な役割をする。でも、言葉だけでは伝わらないというのが、おばあちゃんの考えだろう。料理をしたり、食事をしたり、洗濯をしたり、庭仕事をしたり、そんなことばかり撮っていた記憶があるが、多分そういうことを通してしか「魔女」になることはできないとおばあちゃんは考えている。
動くこと、というより何かに触ること、体感すること、それが「魔女」への第一歩だと。
そんな一歩一歩が重なって「人は死んだらどうなるの?」というまいの問いへの答えも出てくる。まいは段々と「魔女であること」がどんなことか分かってくる。
つまり成長していく。その時おばあちゃんがどういう気持ちでいるかは、映画を見たら想像してもらえると思う。人が成長するということは、簡単なことではないし、時として残酷なことだ。この物語の底をずっと流れているのはそういうことだろう。
それでも、おばあちゃんに限らず多くの人が成長していく人に何かを伝えたい、渡したいと思う。
おばあちゃん=西の魔女のように素敵な方法で渡せないとしても。
監督 長崎俊一
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